【私の岐路⑥順調すぎる学生生活と私の世界観を変える出来事】

はじめまして!まさこです。

 


アメリカ5年・マレーシア13年。海外生活は既に18年目の2児の母です。

 


元臨床カウンセラー、自身の海外ハンドメイド起業の経験を踏まえて、日本でそして海外で活躍する女性ハンドメイド起業を応援するサロン《ステラアカデミー》を運営しています。



ブログでは国際結婚をして海外子育て、バイリンガル教育を実践している海外在住ママの目線からの日々の気付きやハンドメイド起業のお役だち情報をシェア。 

 


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はじめましての方は、まずは学生時代からの自分の岐路についてシリーズでつづったこちらをお読みください。→私の岐路①



私たちはだれもが、今ここにいるまでに通ってきた道のりがあって、その途中にはいくつかの岐路があります。



岐路とは人生の分かれ道。 



その岐路で違う選択をしていたら、今の生活は全く違ったものになっていた。 



その道を選ばなかったら今の私はいなかったというくらいに重要な出来事。 



 私がなぜ今この場所にいるのか、過去を振り返ることで今を再確認しようと思い、九州で生まれ育ち、ごく普通の家庭で育った私が、なぜ国際結婚してマレーシアで子育てをしているのか、今回はこれまでの私の岐路についてシリーズで書いています。 



 前回の記事はこちら↓ 

【私の岐路①九州で生まれ育った私のはじめての海外生活】 

【私の岐路②海外の大学へ留学する!】 

【私の岐路③旅立ち】

【私の岐路④神学校に入学???】

【私の岐路⑤順調な学生生活と突然の別れ】



3ヶ月で帰るねと家族に言って日本を旅立ってからすでに2年が経過していました。



ESLで一緒に学んだ友人たちもみな大学卒業を前に就職か、大学院か、自分の国に戻るか選択しなくてはならない時が来ていました。



私は心理学をもっと学びたいという思いが強くなり大学院に進みたかったのですが、自分の貯金は既に底をつき、親にも援助してもらっていたのでこれ以上負担をかけたくは有りませんでした。



でも、まだ帰りたくない。



そんな中、どうにかしてアメリカに残って学ぶ方法は無いか色々調べ、駄目元でいくつか奨学金制度のある大学院に入学願書を提出。



そのうちの2校から二次面接の案内が届いたときには信じられない思いでした。



一校はインディアナ、もう一校はオハイオの心理学部の大学院から。



両方ともケンタッキーのお隣の州。二児面接は車で行きました。



面接に来ているのはほとんどが卒業間近の若いアメリカ人学生達。



なんだか自分が場違いなところにいる気持ちは拭えませんでしたが、何事も挑戦と心を落ち着かせました。



そして面接の結果、なんと両方から合格のオファーが!!



しかも、一校は授業料半額免除。もう一校は授業料全額免除のうえに、大学院アシスタントとして週20時間働けば生活費までもらえるというもの。



こんな事ってあるんですね~!もう、このときに人生の運を全て使い果たしたかもしれません。



勉強する機会を無償で与えてくれた上に、働く場所まで提供してくれる。



それが、アメリカの大学の太っ腹なところ。



改めてアメリカが大好きになりました。



そして、晴れて大学院生に!






私が選んだのはライト兄弟の生誕地オハイオ州はデイトンにあるデイトン大学という私立のとても美しい学校。




9月の学校開始に合わせてケンタッキーからオハイオへ引っ越して、近くにアパートを借りました。




授業はさすがに濃くて課題のボリュームも半端でなくて大変でしたが、好きな事を学ぶのは苦ではなかったし、他の学生ともアシスタント同士すぐに打ち解けて楽しくなってきました。



毎日100ページ以上もある本や文献を読み、エッセイを書いたりリサーチをしたりしながら週20時間の教授のアシスタント業務をこなし、パートタイムでセラピストの仕事もしながら、金曜日には友人達とアイリッシュバーに繰り出したり。学生生活は楽しくスタートしました。



ある朝、何となくテレビをつけていたら大火事の放送。「どこだろ~?」と思いながらも学校に行く時間だったので、あわててテレビを消して学校へ歩いていきました。



構内に行くと、なんとなく皆の様子がいつもと違う。



途中にある大講堂の大型テレビを皆食い入るように見ています。





私も気になったので見てみると、さっきテレビでチラッと見た火事の放送。



よくよく事情を聞いてみると、飛行機がビルに突っ込んで燃えているという話。



ただ事ではない。



そして、私たちが見ている目の前で、二機目が隣のビルに突っ込んだのでした。



2001年9月11日



その光景をみても皆何が起こっているのかわからず、ただ呆然と立ち尽くすばかり。



泣き出す学生。“Oh my God!”と小さく叫ぶ声。携帯の鳴る音。



映画では何度でも見たことのあるようなビルが燃えているこの光景。



映画だったら、大変!と思う頭の裏で「でもこれは事実じゃないし」って楽観視している自分がいて落ち着いて見ていられるのですが、



これが現実に起こっているということに頭が少し混乱し、気持ちを切り替えるのにしばらくかかりました。



あの燃えている箱の中には実際に人がいる。



そんな現実が私の目を覚ましました。



これは大変な事になった。



その日の授業はすべて休講となり、私は友人とチャペルに集って一緒に祈りを捧げました。



本当になにかに祈らずにはいられなかったんです。



次の日にはどの家にもアメリカの国旗が掲げられていました。





その国旗から「逆境にも負けない」というアメリカ人の強い意志を感じました。



そして、人々を救出しようとして勇敢に戦った消防士や警察官への感謝の気持ちとともに、一瞬にして壊れてしまう文明機器のもろさ。そして命のはかなさと大切さを本当に痛感しました。



また、それまで平和を保つためにかろうじて取れていた世界の微妙な均衡が崩れてしまったような不安も感じました。



それからほどなくしてイスラム国出身者に対してアメリカの出入国審査がかなり厳しくなったのはご存知のとおりです。



《未来は一瞬にして変わる事がある。だから私たちは与えられた今という時間を大切に生きなくては。》



その事を体感した出来事でした。



【私の岐路⑦逆カルチャーショックと未来の変え方】へつづく















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~プロフィール~


井藤雅子(いとう・まさこ)


熊本県出身。

2004年よりマレーシアに移住。

出産後に家族の健康のためにと始めた手作り石けんとスキンケア作りに夢中になり

現在はハンドメイドスキンケアのオンラインショップを経営しながら

二児を育てる多忙な毎日。


自分と同じようにハンドメイド好きな主婦を応援したいという情熱に目覚め

これをライフワークにするべくステラアカデミーを立ち上げる。世界中の主婦が集う

インスタグラムセミナーやハンドメイドお茶会などを好評開催中。


ワークショップや石けん作りの合間には読書やヨガをするのが日課。

好きなものは石けんとアロマとコーヒー。

趣味は旅行、写真。


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