【私の岐路②海外の大学へ留学する!】

こんにちわ!



グリーンビューティーラボの井藤雅子です。

 


アメリカ5年・マレーシア15年。海外生活は既に20年目の2児の母です。

 


ブログではエコでナチュラルなハンドメイド生活についてや、国際結婚をして海外子育て、バイリンガル教育を実践している海外在住ママの目線からの日々の気付きなどをシェアしています。 

 


井藤雅子の自己紹介はこちら



はじめましての方は、まずは学生時代からの自分の岐路についてシリーズでつづったこちらをお読みください。

私の岐路①


私たちはだれもが、今ここにいるまでに通ってきた道のりがあって、その途中にはいくつかの岐路があります。 



 岐路とは人生の分かれ道。 



 その岐路で違う選択をしていたら、今の生活は全く違ったものになっていた。 



 その道を選ばなかったら今の私はいなかったというくらいに重要な出来事。



 私がなぜ今この場所にいるのか、過去を振り返ることで今を再確認しようと思い、九州で生まれ育ち、ごく普通の家庭で育った私が、なぜ国際結婚してマレーシアで子育てをしているのか、今回はこれまでの私の岐路についてシリーズで書いています。



前回の記事はこちら↓

【私の岐路①九州で生まれ育った私のはじめての海外生活】



高校二年生の夏休みの一ヶ月間にホームステイに行って帰ってきた時には、カナダ人の英語教師助手と辞書なしで簡単な会話が出来る位までは英語も上達していました。  



学校では英語クラブでさらに英語力を磨いて、英検2級も取得。



気持ちはもうすでにアメリカへ。



日本の大学といえば、学生は授業をさぽってサークルやバイトに明け暮れるといった印象があったので、できれば海外の大学でみっちり勉強したかったのもあります。



でも、大学へ行くにはお金も必要だし、何といっても未成年。



親の了承を得る事が先決でした。



アメリカで大学に入りたいと親に頼もうと決心し、自分の思いを一生懸命手紙に書きました。



言葉にするといいたい事の10分の1も言えずに泣いてしまうような性格だったからです。



書いた手紙を机の引き出しに入れたまま数週間が経ち、何度も迷った挙句やっとの思いで「これ読んで」と手紙を親にわたしました。



手紙を読んだ親の返事はというと。。。






あっさり、「No」



断られました。







理由は「女の子を一人で外国には行かせられない」というようなことだったように思います。



それは、そうですよね。ホームステイと単身留学は本人の責任のレベルが違います。



それに、海外へ留学となると費用も途方もない金額。



当時、どこまで親の気持ちを理解していたか今となっては思い出せないのですが、



親の返事は素直に受け入れました。



でも、その時決心したんです。








『親が行かせてくれないのなら自分で行く』







大学を卒業し就職して、留学費用を自分で貯めていつか海外留学の夢を果たそうと密かに決心したんです。



それからは猛勉強し地元の大学に合格。



大学の授業は思っていたとおり楽しくは有りませんでしたが、サークル活動やダンスなど、打ち込める事はいくらでも見つかりました。



英語を日常で使う暮らしに憧れ続け、英会話を教わっていたアメリカ人の牧師の英語の礼拝に参加したり、そこに通っていた外国人たちと週末につるんだりするようになり、



一週間ほど友達4人とアメリカへホームステイ&旅行も体験して、一人でも行けるという手ごたえも感じました。



そして卒業後も計画通りお金を貯めるべく実家から通える地元の会社に就職。



貯金の金額が目標に達した頃、



『行くなら今』



そう決心して、アメリカ人の牧師に手伝ってもらいながら学校を探し、留学の手続きを始めたのでした。




心理カウンセラーになりたかった私にその牧師が勧めてくれたのが、カウンセリングが学べるというセミナリー(神学院)。



アメリカにいけるということでワクワクしていた私には、この時牧師がこの学校を薦めた意図があまりよくわかっていませんでした。



【私の岐路③旅立ち】へつづく







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