【私の岐路①九州で生まれ育った私のはじめての海外生活】

はじめまして!まさこです。

 


アメリカ5年・マレーシア13年。海外生活は既に18年目の2児の母です。

 


元臨床カウンセラー、自身の海外ハンドメイド起業の経験を踏まえて、日本でそして海外で活躍する女性ハンドメイド起業を応援するサロン《ステラアカデミー》を運営しています。



ブログでは国際結婚をして海外子育て、バイリンガル教育を実践している海外在住ママの目線からの日々の気付きやハンドメイド起業のお役だち情報をシェア。 

 


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はじめましての方は、まずは学生時代からの自分の岐路についてシリーズでつづったこちらをお読みください。→私の岐路①



私たちはだれもが、今ここにいるまでに通ってきた道のりがあって、その途中にはいくつかの岐路があります。



岐路とは人生の分かれ道。



その岐路で違う選択をしていたら、今の生活は全く違ったものになっていた。



その道を選ばなかったら今の私はいなかったというくらいに重要な出来事。



私がなぜ今この場所にいるのか、過去を振り返ることで今を再確認しようと思い、九州で生まれ育ち、ごく普通の家庭で育った私が、なぜ国際結婚してマレーシアで子育てをしているのか、今回はこれまでの私の岐路について書いてみようと思います。







九州福岡で生まれ、熊本のど田舎でのんびり育てられた3人兄弟の一番上。



毎日外で遊び、自転車を乗り回し、泥団子を作ったり桜の木を登ったりするのが大好きな少女でした。



小学生の頃は遊び友達を引き連れて隣町までつくしを求めて往復4時間河川敷を探索したり、




大人さえ誰も入らない山の中の農道を、皆でサイクリングする怖いもの知らず。



中学生の時に熊本に転校して、新しいクラスメイト達の結束の高さにちょっと怖気づきながらも、なんとか熊本弁をマスターし、



高校までの片道7キロを雨の日も風の日も自転車で通学。どこの田舎にもいる普通の子供でした。







テレビで見る海外の風景に憧れながらも、”自分とは無縁の世界”と海外に住む事など考えたこともなかった高校生にとって、



中学時代の同級生が夏休みに海外へ短期留学をしたという話を聞いたのはかなりのショックでした。



"彼女が行けるなら、私も行きたい!”



嫉妬にも似た感情と共に、はじめて自分で何かしたいという気持ちが沸いて来ました。



半分無理だろうと思いながら、恐る恐る親に夏季留学の話をしたのはかなり勇気のいる事でしたが、それ以上に突き動かされる何かがあったんです。 



以外にも親は反対もせずに地元新聞社が主催するアメリカの夏季ホームステイプログラムの説明会に応募してくれました。 



そして、念願のアメリカ行きが現実となることに!



晴れて高校2年の夏休みに憧れのアメリカへ約一ヶ月のホームステイ。



私のホームステイ先は、シアトルから1時間ほど離れたどちらかといえば田舎に住む、女の子四人がいる敬虔なクリスチャンの家庭。



同い年の16歳のキャリーと14歳のアンドレアはどうみても私より大人っぽくて、年が近いにもかかわらず、片言の私の英語力では到底話し相手にもなれず、



もっぱら9歳のデブラと5歳のマーニが私の遊び相手でした。



子供達がホストマザーに「どうしてMasakoのしゃべる英語は3歳児くらいなの?」と聞いたくらいなので、私の会話のレベルはおそらく3歳児程度しかなかったんでしょう。



ホームステイでは私を含めた十数名の高校生が教会の一室に集まり、午前中は英語の授業、午後は社会見学といったスケジュールでした。



教会で教えてくれる現地の先生達はやさしくて、ユーモアたっぷりで授業は毎日とても楽しいし、



社会見学などのイベントが毎日日替わりで盛り込まれていて、



とにかく、ル-ティーン化された毎日を淡々と過ごす事が当たり前の田舎の高校生にとって、このホームステイの暮らしはとても刺激的でした。



そしてそれまでは、テレビでしか見たことの無い『外国』という夢の世界が突如として現実として現れたということが、私のこれまでの概念を覆しました。



ここで、(もちろん親の援助があってこそですが)自分の意思次第で自分が望む未来は自分で実現する事が可能である、つまり”夢が現実になる”ということを体感したんです。



そのときは、"行きたい!”という気持ちだけで突っ走っていただけでしたが、今思えばこれが私の人生で一番大きな岐路でした。



アメリカから帰って来て私は決心しました。



”大学はアメリカに行く!”



【私の岐路②海外の大学へ留学する!】へつづく









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~プロフィール~


井藤雅子(いとう・まさこ)


熊本県出身。

2004年よりマレーシアに移住。

出産後に家族の健康のためにと始めた手作り石けんとスキンケア作りに夢中になり

現在はハンドメイドスキンケアのオンラインショップを経営しながら

二児を育てる多忙な毎日。


自分と同じようにハンドメイド好きな主婦を応援したいという情熱に目覚め

これをライフワークにするべくステラアカデミーを立ち上げる。世界中の主婦が集う

インスタグラムセミナーやハンドメイドお茶会などを好評開催中。


ワークショップや石けん作りの合間には読書やヨガをするのが日課。

好きなものは石けんとアロマとコーヒー。

趣味は旅行、写真。


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